シカゴからロサンゼルスまで

ヨッ、調子どう?

9月3日はセプテンバーさんの日

 f:id:kashiwasita:20170903232721j:image

 

 

 今年もこの季節がやって来た。

 

9月3日はRADWIMPSの3rdアルバム『〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』の収録曲である「セプテンバーさん」にちなんで9月(セプテンバー)3日(さん)の日とファンの間では呼ばれている。

 

この9月3日はRADWIMPSがインディーズ時代の最後のライブの日だったらしく、メンバーにとっても思い入れの深い曲となっている。

 

去年は野田洋次郎自らがインスタグラムで弾き語りを投稿していた。

 

 

[http://

:embed:cite]

 

 

 

僕自身、セプテンバーさんの日を迎えるのは今年で7回目。

14からRADの音楽にハマって今年で21。

あれから、7年の歳月が流れたことになる。

 

”一人のために描いた夢を

誰かに使いまわした 

そんなこともあるさと笑える僕も

きっとセプテンバー”

 

中学生のころは目の前にあるものがすべてだった。自分が興味のあるものが世界そのものだった。友達と毎日ふざけて悪さをして、叱られて、それでも遅くまで遊んで、とにかくどこまでもいけるような気がしていた。

 

”『夏』ってだけでキラキラしてた

あの気持ちが好きなの

「もう少しだけここにいさせて」

そんな顔で僕見るの”

 

高校に上がると、少しだけ自分と相手のことについて考えるようになって、人との付き合い方を覚えた。それでも毎日勉強と部活さえやっていれば自分の価値が保てるような気がして、とても明日のことなんて考えもしなかった。

 

 ”でも君が笑える理由なら

僕が見つけてきてあげる

こんな二人を繋ぐのは

きっとなんでもないセプテンバー”

 

僕は受験を経て大学に入り、地元の友達は社会人になった。大学生になってもなお、まだ義務教育の延長線のように感じた。大学の友達と会えばサークルやバイトの話ばかり。地元の友達と会えば税金や保険の話ばかり。毎日遊んでるクソ大学生が羨ましい、と言われてしまった。

 

”本物よりもリアルに見えた

あの魔法はもう解けた

けどギュっとすればキュンとなるあれは

夏のおかげなんかじゃない”

 

そして、自分が大人になった自覚もないまま成人を迎えて、社会に適合するために就活をすることになった。なんだか皆同じようなレールの上を歩かされているような気がして、これが社会のしくみなんだと理解した。

 

ようやく、明日が見えるようになった。

 

 

 


  

 

僕の7年間には、RADWIMPSの音楽がいつもそばにいた。

彼らの7年間にも、たくさんの変化があった。

 

ドラムの山口智史が病気により活動を休止したり、(現在はサポートを2人迎えている)新海誠監督の映画「君の名は」でお茶の間にまで認知されるようになり、紅白歌合戦に出場することになったり、バンドの変化というのは凄いもので彼ら自身の心境まで変化を生み出すことになった。

 

これから僕にとって8回目、9回目のセプテンバーさんの日を迎えるとき、どんな風に変わっていくんだろう。

 

”湿る空が乾く色を

きっとパパは探していたの

そんな時に一人ぽつんと疼くまってた

セプテンバー”

 

僕はもっと明日が見えるようになっているのだろうか。

 

OH セプテンバー

OH セプテンバー

 

 だけどそれはほんのちょっぴり、寂しい。