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ヨッ、調子どう?

【コラム】戦争を知らない子供たちが、大人になった話

 

 

新潟県上越市出身3ピースロックバンド、My Hair is Bad。去年の5月にメジャーデビューを発表した彼らの3rd Single『時代をあつめて』の1曲目に、"戦争を知らない大人たち"という曲がある。

 

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「まるで春みたいで」「まるで夏みたいで」「まるで秋みたいで」「まるで冬みたいで」という歌い出しから始まる4部構成となっていて、サビは「 Good night…」のみ。ポエトリーリーディングの手法を用い、キャッチーではないが耳に残る、初メジャーシングルにしては攻めの姿勢を感じるリード曲となっている。

 

 

この曲で注目したいのは、タイトルと歌詞だ。僕は彼らが"戦争を知らない大人たち"という曲名を発表した時、全身にビリビリとした衝撃が走った。1971年のヒット曲となったジローズの"戦争を知らない子供たち "というタイトルをモジったとはいえ、戦争を経験していない中年の大人たち(主に30〜40代)に対してなにか皮肉めいたことを言ってくれるものだろうと期待をしていた。

 

しかし、その淡い期待は簡単に裏切られた。

 

「まるで春みたいで むくりと動き出した 寝ぼけ眼 僕は 生乾きだった 水盤の蛇口フライパンの残り 「来週には満開」と キャスターは笑った チェックつけた求人 上京した友人 封を開けることもなく 溜まっていった郵便 蝶々がひらり ふらり 街は春のように ふれあい通り 咲いた 偽物の桜花」

 

という歌詞から分かるように、ただ日々の描写と韻を踏みまくっているだけ。その後も春→大学生、夏→高校生、秋→幼少期、そして冬→現在というように季節は流れていく。ここではっきりと判ったのは、この曲は戦争のことでも大人たちを批判する曲でもないということだ。

 

つまり僕らゆとり世代、20代前半の若者のことを歌っている。 Vo.椎木も現在24歳、彼は自身のことを歌っているのだ。

 

 

僕らの世代、時代は恵まれていた。戦争なんてどこか雲の上の絵空事で、平和な日常は当たり前。バブル景気を経験した親に甘やかされて育てられ、特別なにか大きな成功や挫折を経験することもない。鬼ごっこより家でゲームが楽しくて、父親の言うことが絶対ではない。家に帰ると温かいご飯が用意されていて、土日は休み。それぞれの個性を尊重され、いじめは陰険に行われる。教師に殴られると親が飛んできて、嫌なバイトはすぐに辞める。

 

世の中に対してどこか冷めていて、だれかに真剣に怒られた経験がない。なにが悪いのか、悪くないのか。わからない。

 

 

「見分けのつかない ヤング雑誌グラビア 見分けのつかない ゆとりだった僕ら」

「テロが起こった日 飲みすぎてゲロ」

 

という韻を踏んだテンポの良い歌詞からは、椎木自身の世代に対する皮肉が込められている気がする。しかし同時に、どこか寂しげで切ない。

 

なにかに全力で熱中できない、コミュニケーションは受動的で消極的、子供でもなければ大人でもない、「これだからゆとりは……」という聞き飽きた揶揄、そのすべてが僕らを苛ませる。僕らだって、日々苦しんでいる。何かを抱えて、精一杯生きている。

 

一瞬の静寂を包むような「Good night…」というサビはそんな僕らを救ってくれる。疲れたら眠ればいいんだよ、と優しく教えてくれる。僕らの苦労や苦悩を理解して、手をそっと差し伸べてくれるような温かさがある。

 

はじめは曲のタイトルと歌詞の違和感に意表をつかれたが、おわりにはこのタイトルしか名付けようがないと思うほどであった。

 

そう。戦争を知らない子供たちは、大人になってしまったのだ。

 

 

2016.8/31