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ヨッ、調子どう?

クリープハイプ「泣きたくなるほど嬉しい日々に」全曲レビュー&考察

 

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クリープハイプは成功者だ。

 

今やボーカルの尾崎世界観はめざましテレビで朝の顔を務め、映画『帝一の國』の主題歌"イト"はスマッシュヒット。今年の5月には4年ぶりの武道館公演も果たした。

 

大器晩成、という言葉はまさに彼らにふさわしい。それはバンド結成当初からの浮き沈みを見ていればわかる。

 

そんなクリープハイプが満を持して5枚目のフルアルバムをリリースした。このアルバムは、これまでファンを続けていた人間をきっと驚かせるはずだ。

 

 

 

泣きたくなるほど嬉しい日々に(通常盤)

泣きたくなるほど嬉しい日々に(通常盤)

 

 〈収録曲〉

1.蛍の光

2.今今ここに君とあたし

3.栞

4.おばけでいいからはやくきて

5.イト

6.お引っ越し

7.陽

8.禁煙

9.泣き笑い

10.一生のお願い

11.私を束ねて

12.金魚(とその糞)

13.燃えるごみの日

14.ゆっくり行こう

 

 

 

真のメジャー1枚目

 

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クリープハイプ、というバンドにどのようなイメージがあるだろうか。

 

甲高い声?黒髪マッシュ?メンヘラな歌詞? 

 

まぁ世間的に見たらプラスのイメージがさほど持たれていないことは確かだろう。本人たちもこれまで数々の楽曲でそれをネタとして歌っている。

 

しかし、たとえどんなイメージだろうとバンドにとって武器があることは死活問題に関わることだ。それにおいては彼らはこれまで上手くマーケットを掌握してきた。

 

さて、アルバムの話をしよう。

 

オープニングであるM1"蛍の光"はアルバム制作で最後にできた曲だという。ふつう1曲目はテンポの速い曲が置かれるものだが、ここではイントロからスロウで肩透かしを食らった気分になる。

 

まとめて大人のせいにして

どれも嘘にしてしまえば

楽になるけどちゃんと話すね

 

この歌詞には今作に懸けた想いがすべて込められている。これまでは尾崎自身の「怒り」や「悔しさ」を乱暴に描写したものがクリープハイプとしてのエネルギーとなり、ファンが傷んだ尾崎に寄り添うという形がとられていた。

 

しかし、このアルバムでは前作のリリースから2年の間、尾崎がソロとして様々な活動を経験したことで「伝えたいことを丁寧に鳴らすこと」に意味を見出したという大きな変化が感じられる。

 

それこそM2"今今ここに君とあたし"なんかは得意の早口と言葉遊び、そして下ネタまでまさにお決まりのクリープハイプなわけだが、ポジティヴな客観視がされてることがこれまでの更新版といえる。

 

以前の記事でも書いたが、クリープハイプは2012年にメジャー進出してもなお、鋭利な刃物のような尖った音楽を研ぎ澄まし続けてきた稀有なバンドだ。

 

しかし「待望のメジャー」「ブレイク寸前」「失地回復」「変化の意欲作」などと謳われ、これまで出してきたメジャーアルバムは世間から彼らの評価をまるごと肯定するには事足りなかった。

 

そんな中で尾崎自身も小説家として活躍したりとソロでの活動が増えていき、ファンの間では解散説まで浮上していたほどだ。

 


それまでクリープハイプは一定のマーケットを掴んでいた。音楽好きな人の間でも「クリープハイプが一番!」と答える人間の多さは異常だし、フェスでは毎回メインステージで演奏し、邦ロックシーンではそれなりの地位を確立していた。

 

しかし、それはあくまでも「狭い国の中の王様」であり、尾崎自身クリープハイプを社会現象にしたいという目標と乖離する現実に悩んでいた。

 


そんな彼らが見事に殻をぶち破り、真のメジャーアルバム1枚目として世に送り出したのがこのアルバムであり、それは特にM3"栞"とM5"イト"の功績が大きいだろう。

 

 M3"栞"はFM802のコラボレート曲として制作されたものだ。様々なアーティストを迎えたこの曲のMVはYouTubeで860万回再生を記録するなど、尾崎自身の評価を1ステップ底上げした。

 

さらにこのアルバムでは再録されるにあたり、曲のテンポを上げてキーを半音下げるなど、あくまで王道ポップをやりながらクリープハイプとして落とし込むという、完璧な融合技を決めてみせた。

 

「今ならまだやり直せるよ」が風に舞う

嘘だよ ごめんね 新しい街にいっても元気でね

 

出会いと別れが交差する4月の始まりを〈桜散る〉というやや引きずった表現をしつつ、それでも少しだけ前を向くといった姿勢が切ないほど疾走感のあるメロディに昇華されていく。

 

NHK『みんなのうた』のタイアップ曲であるM4"おばけでいいからはやくきて"にしてもM5"イト"にしてもそうだが、彼らは世間にウケる王道なポップと自らの武器を結びつける術を完全にモノにしたように感じる。

 

特にM5"イト"は映画『帝一の國』の主題歌でありつつ、単なるタイアップ曲として終わらせず"鬼"同様に自らのアンセムとしてしまう成功を収めた。

 

 

 

この曲のシングルリリース時に尾崎がインタヴューで「ずっと僕ら準決勝で負け続けてきたんだけど、初めて決勝戦まで来れたような気持ちになった曲です」と語っていたが、まさにこの曲があったことで新しいクリープハイプとしてのスタートを切れたように思える。

 

彼らはそれまでだいたい3枚シングルをリリースしてからアルバムを出すという形をとっていたが、今回はリリースに追われない形で自分たちが納得する音楽を作ることに重きを置いた結果が功を成したということだろう。

 

これまで彼らの音楽にマイナスに敏感になっていたアンチ、そして新たにクリープハイプを知った人たちに聴いてほしい、メジャーアルバムが完成したのだ。

 

 

 

平凡な日常を祝福できる、新たなスタンダード

 

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これまでのクリープハイプの楽曲は自堕落で擦れた恋愛観を歌ったものや世の中の不条理に対する「怒り」が込められた作品が多かった。

 

それが彼らの唯一無二の武器としてあったわけだが、たとえばM6"お引越し"などはさらにそこから一段階アップデートを果たした快作となっている。

 

治療中の奥歯と やっと見つけた近道

貯めたポイントカードも ただの紙切れになった

 

ポップな王道メロディと切ないヴァイオリンの音が絡み合い、男女が別れていく様を韻を踏みながら描いている。ただ心残りになるような感想になるのではなく、終わった後に希望を見出せるようなほんのり温かい曲だ。

 

作品集という形でリリースした『もうすぐ着くから待っててね』に収録され、東京メトロのタイアップでもあったM7"陽"もその体温の温かさを節々から感じ取ることができる。

 

今日はアタリ 今日はハズレ そんな毎日でも

明日も進んでいかなきゃいけないから

 

長年ファンを続けてきた人間にとってはクリープハイプの方向性というか、音楽性が丸くなったなどと嘆いている声もあるだろう。

 

しかし今まで「察してよ」と独りよがりに振舞っていた尾崎自身が成長し、平凡な日常を祝福できるようになったことこそがクリープハイプとして尖っていることであり、そこには嫌味が含まれない、新たなスタンダードが確立されたのではないだろうか。

 

尾崎はMUSICAのインタヴューの際に、このアルバムの制作過程で父親が死ぬかもしれない経験をし、家族の大切さが音楽を上回った瞬間を語っている。

 

それまで売れたい、売れたいと音楽と心中する気負いで活動をしていた彼にとってこの変化は確実に今アルバムに表れており、楽曲に対するこだわりも柔軟になった。

 

その中でもM8"禁煙"はストリングスの効いたある意味クリープハイプらしい曲としてこのアルバムを色づける役割を担っているのだが、皮肉的な鋭さと諦念のような優しさが同居したようなナンバーになっている。

 

尾崎が描く男女の関係には"左耳"の〈ピアス〉や"5%"の〈缶ビール〉のような間に挟まったモノが申し訳なさそうに佇んでいるのだが、この曲では〈煙草〉が2人の関係を表すアイコンとしてどっしりと構えている印象だ。

 

そんな尾崎節が炸裂した後は、もともと仮題が"リード曲"とされていたM9"泣き笑い"へと移行する。

 

それまで「悔しい」「怒る」「泣く」で終わっていた言葉の奥に「嬉しい」という感情が潜んでいたという、このアルバムを決定づける新鮮で爆発力のある曲だ。

 

泣きたくなるほど嬉しい日々に

答えはないけど手をあげてよ

 

その感情は〈頭〉や〈胸〉、ましてや〈喉の奥〉にも詰まっておらず、実はずっと〈奥歯〉に挟まっていたという尾崎らしい照れ恥ずかしい表現だが、まさに尾崎世界観という人間がアーティストとして一段階ギアを上げた様子が〈嬉しく〉感じる。

 

以前、"社会の窓"で〈オリコン初登場7位その瞬間にあのバンドは終わった〉とファンの根の暗い心を狙い撃ちしたようなことを歌っていたが、今はまったくの逆。

 

世の中に対するヘイトを歌っていたバンドが大衆に向けてしっかり感謝を伝えられるようになったし、M10"一生のお願い"のような男女の平凡な日常を肯定する曲を作れるようになった。

 

今後このような彼らの姿勢が世の中に評価され、ファンも付かず離れずの関係を続けていけたら、クリープハイプは国内でもトップに踊り出るバンドへと進化していけることだろう。

 

 

 

最初で最後のメジャーアルバム

 

アルバムも終盤、もう少しこの稚拙なレビューにもお付き合いいただきたい。

 

クリープハイプのアルバムには毎回、ベースの長谷川カオナシがソングライティングを手がける収録曲があるのだが、M11"私を束ねて"は特に力の込められたテンポの速いダークな曲へと仕上がった。

 

尾崎とはまた違った独特な世界観を有するカオナシはバンドにとって欠かせない存在であろう。〈威を借るきつね蕎麦でも啜れ啜れ〉というフレーズと、"火まつり"のような陰のある曲調はハイライトとしてこのアルバムを際立たせている。

 

そんなクリープハイプが本来掃き溜めている悪臭が乱暴な言葉で放たれたのがM12"金魚(とその糞)"である。

 

食ったらブタ食ったらブタによく似てる

3年前から嫌いだった

 

と、ドスの効いた毒舌であるバンドを揶揄している内容なのだが、本来であればこのような歌詞がクリープハイプの真骨頂として評価されていたし、そこに群がる(ハエのような)リスナーも多かった。

 

しかし今回の彼らは一味も二味も違う。

 

続くM13"燃えるごみの日"はタイトルからしてヘイトの吐き口のような印象を受けるが、もともと"結婚式"という仮題がつけられていた通り、ストリングスの入った父親目線のラブソングである。

 

こんな日の先にはなんでもない日々を重ねて

そばに居なくてもわかる程 笑っていてください

 

なんでもない〈燃えるごみの日〉がいつか記念日となる。そんな達観したような情感を歌うのは、以前の彼らにはできなかったことだろう。

 

これまでは根暗で擦れた楽曲が大半の中に、シンプルで素直な曲が点在していたことでその特異性が評価されたことはあったが、今回はその真逆だ。全体的に優しいアルバムだからこそM8やM11、M12のような曲が映える。

 

それがこのアルバムを真のメジャー1枚目と言わせる所以だが、同時にこれをやったら次は何があるのだろうか。

 

たしかにこの先も醜悪な感情を吐露し続けることは無理強いがすぎるが、今回のようなアルバムを発表し続けても既存のファンは離れていくだけかもしれない。

 

しかし尾崎はこのアルバムを締めるM14"ゆっくり行こう"で明確なアンサーを示している。

 

くだらない妬みや 変わらない痛みに

傷ついて気づく日も

この先いつだって 君の味方だよ

 

これまでは尾崎の弾き語りはアルバムのボーナストラックとして収録されていた。しかし今アルバムではそれが本編ラストの曲として位置付けられている。

 

それはこの2年間で尾崎自身がソロでの様々な活動を経て、自信をつけ、その経験をすべてクリープハイプに還元していこうという気持ちの表れだろう。

 

これまで立っているのかもわからないぐらついた足で世の中に噛みついてきて、時にはレーベルを変えたりすることもあって、紆余曲折を経ながらこのバンドは過小評価をされてきた。

 

しかし、そういった過去も含めてこれからも〈そんなに焦るなよ ゆっくり行こう〉と自らに言い聞かせられるようになったし、大衆に向けた曲も臆せず作れるようになった。

 

その結果、冒頭に述べたような活躍ぶりをクリープハイプは現在の私たちに見せてくれている。改めて言うが、浮き沈みがあったからこそこのバンドはここまで大成することができた。

 

前作『世界観』の収録曲"バンド"にしてもそうだが、彼らが過去を〈愛しているよ〉と言うことができるようになったのはとても大きな変化だ。

 

だからこそ、なんでもない平凡な日常を「泣きたくなるほど嬉しい日々」と置き換え、このアルバムでそれを丁寧に伝えていったことはリスナーとして喜ぶべきことだ。

 

もしかしたらこのアルバムは彼らにとって最初で最後の真のメジャーアルバムとなるかもしれない。

 

しかし、それは私たちの受け取り方次第で、尾崎はそれさえも〈うるせーよ 黙ってろ〉と相変わらずの憎まれ口で笑っているのだ。